コンセプト

本来のモノ(建築)づくりとは…

今の建築設計は、CAD化が浸透し簡単にいろんな情報が手に入る。すべからく、とあるメーカーのホームページにアクセスすれば参考図書のCADデータが手に入り、そのデータを切り絵のように並べていくと一連の図面のように見える。カタログをめくってメーカーの品番を仕様書に書き込んで設計完了・・・。

 それを建築設計と誤解してはいないだろうか。昨今、そんな作業が建築の設計だと思っている設計者も少なくないと感じる。そんなデータ設計者ではつまらない。言葉は乱暴だが、データの切り貼りで作られた図面ならだれでも描ける。施主に言われたように図面を描くだけなら、知識のない人間にだって描ける。大量生産できないオーダーメイドの提案・アイデアがあるからこそ建築なのである。模型を作って提案のデザインを検証したり、スケッチを何枚も何枚も描き検討していくことも必要だろう。その提案をいかに熱く施主に語りかけ、受け入れてもらい、魅力ある建築を実現するのが設計者の本来あるべき姿だと感じる。当然、その提案が実現したときの周囲の評価(特に熱く語りかけ受け入れてもらった施主の評価)は真摯に受け止めなければならないが・・・。施主には自分に持っていない知識、ノウハウ、提案を設計事務所に求めているはずである。今時分、1ミリの中に何本線が描けたなどと自慢する時代ではないのである。

 このことは、設計協力者にもいえることである。一地方都市で構造、電気、設備の協力事務所無しには設計は有り得ない。協力事務所に存分に腕を振るってもらうためには、協力事務所自体の知識の向上とともに、その分野での提案力が不可欠であり、新しいシステムにチャレンジする意欲が必要と感じる。ましてや、意匠設計者が元請事務所で協力事務所が下請事務所という意識では「いいモノづくり」はできない。協力事務所を含めた各分野の専門家に声をかけて、対等の立場(パートナーシップ)で刺激し合えばおのずと「いいモノづくり」ができるはずである。そこには元請、下請の関係は一切存在しない。施主と設計者の関係、設計者と施工者・職人の関係も同じである。

 建築にかかわるすべての人たちが「いいモノをつくる」という意識の下に集まったパートナーなのである。一緒に汗を流し、刺激し合えるパートナー、ブレインの存在とありきたりのモノは作りたくないという意識の高さが「本来のモノ(建築)づくり」ではないだろうか。最後にCADはあくまでも Computer Aided Design であって Computer Aided Draw ではないのである。